競馬あれこれ 第120号

これが世界最強の脚!イクイノックス“安全運転”の大外一気で宝塚記念V

 
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JRA上半期のグランプリレース・宝塚記念ルメール騎手騎乗の1番人気イクイノックスが快勝! 【Photo by Shuhei Okada】

 JRAの上半期を締めくくるグランプリレース、第64回宝塚記念が6月25日、阪神競馬場2200m芝で行われ、クリストフ・ルメール騎手騎乗の1番人気イクイノックス(牡4=美浦・木村厩舎、父キタサンブラック)が優勝。後方2番手から大外一気の差し切りでGIレース4連勝を達成した。良馬場の勝ちタイムは2分11秒2。

 イクイノックスは今回の勝利で通算8戦6勝(うち海外1戦1勝)。GIレースは2022年天皇賞・秋有馬記念、23年ドバイシーマクラシックに続く4勝目。騎乗したルメール騎手は21年クロノジェネシス以来となる宝塚記念2勝目、木村哲也調教師は同レース初勝利となった。

 なお、クビ差の2着には池添謙一騎手騎乗の10番人気スルーセブンシーズ、さらに1馬身差の3着には鮫島克駿騎手騎乗の2番人気ジャスティンパレスが入った。

「世界一の馬で勝つことができて、本当にうれしい」

「本当にうれしい。安心した」と、レース後にファンの声援に応えるルメール騎手 【Photo by Shuhei Okada】

 絵に描いたような“大外一気”の鮮やかな差し切り勝ち。初登場となった関西圏で『これが世界ナンバーワンの脚だ、思う存分に見てくれ!』と言わんばかりに最後の直線は、ファンから一番近い距離でイクイノックスが漆黒の馬体を躍らせた。

「大外から早めに動いていきました。(動きが)ワイドになりましたけど、内の馬場があまり良くなかったですし、この馬で安全に乗りたかった。大外の馬場の方が良かったですからね。今日は世界一の馬で勝つことができて、本当にうれしい。安心しました」

 大粒の汗を輝かせながら、主戦のルメール騎手が安堵の笑顔を浮かべた。昨秋の天皇賞・秋から年末の有馬記念、年明け初戦にして初の海外遠征となった前走のドバイシーマクラシックまで、覚醒を果たしたかのような怒涛のGIレース3連勝。しかも、この3戦の勝ち内容と言えば、直線追い込み、中団から4コーナー捲り、そして逃げ切りと、変幻自在の脚質で縦横無尽の強さを発揮していた。それだけにこの宝塚記念ではどのようなレース運びを見せるのか――。

道中のポジションは驚きの後方2番手から

後方2番手から大外一気の差し切り、まさに世界ナンバーワンの実力を見せた 【Photo by Shuhei Okada】

 「スタートは良かったけれど、残念ながらいいポジションが取れませんでした。後ろのポジションになったけど、スタンド前のペースが結構速かったので全然心配していなかったです。馬もすぐに1コーナーからリラックスしてくれて、そこからゆっくりと行きました」

 イクイノックスは好スタートからポジションを徐々に下げていき、1コーナーを回るころには後方から2番手のポジション。もともとは末脚を生かす競馬をしていた馬とはいえ、ルメール騎手が打ってきた初手に驚きを隠せなかったファンも多かったはずだ。なにせ、開催最終日を迎えてインコースの馬場状態が良くなかったとはいえ、この日の阪神芝は前が残る傾向。しかも、前半1000mの通過は良馬場の芝GIとしては平均ペースとも言える58秒9。内回りの阪神2200mであそこから届くのだろうか、と。

 しかしながら、ルメール騎手の「スタンド前が速かった」という言葉に注目してみると、各ジョッキーともにこの日の馬場傾向を見越してか、スタートから前の位置を積極的に取りに行き、入りの3ハロンは34秒1。これはこの日の第9レースで行われた芝1400mよりも速いタイムであり、レコード決着だった昨年の宝塚記念と比較しても0秒1だけ遅い“ハイペース”。そして、「安全に乗りたかった」という意図を解釈すると、ハイペースの中、枠なりから馬場の悪いインの好位にこだわって消耗するよりも、いったん後方に下げてでも、馬場状態のいい外を選びながら乗りたかった。そして、そんな“安全運転”でも今のイクイノックスの力ならば十分に勝てる――そうしたルメール騎手の絶対的な信頼があるのだろう。

難コースを攻略するために出したルメール騎手の答え

宝塚記念は父キタサンブラックも敗れたレース、それだけにルメール騎手の細心の騎乗が光ったレースだった 【Photo by Shuhei Okada】

もちろん、そこにはイクイノックスへの信頼だけではなく、阪神2200m芝を攻略する上での鞍上の細心も見て取れる。

宝塚記念は特に難しいレース。一番強い馬に乗っても勝つことが難しいレースですね。昔からチャンピオンホースが勝つことができなかった。内回りはトリッキーで、特に今日は内の馬場があまり良くなかったから」

 ルメール騎手がそう振り返ったように、過去10年を振り返っても1番人気はわずか2勝。2017年にはこの日のイクイノックスに迫る単勝1.4倍の圧倒的支持を集めていた父キタサンブラックがまさかの9着に大敗し、2016年には単勝1.9倍だったドゥラメンテも2着、GI・7勝の名牝ジェンティルドンナも2度敗れている。そんな難コースでゲートが開いてからわずかの間、ペース、馬場状態などあらゆる状況をくみ取って名手が出した、勝つための答えが後方2番手から。そして、2着スルーセブンシーズ、3着ジャスティンパレス、4着ジェラルディーナと、上位に来た馬たちはいずれも同様に後方待機だったのだから、この選択はドンピシャだったわけだ。

 この中から最初に動いたのは武豊騎手とジェラルディーナ。向こう正面で道中のペースが緩んだと見るや、グーっと中団まで進出。これに鮫島駿騎手とジャスティンパレスがついて行き、その2頭を見る形ですでに外に進路を取っていたイクイノックスもジワジワとポジションを押し上げていった。そして、3、4コーナーでは距離損にも構うことなくイクイノックスが1頭、大外を捲って行くようにエンジン全開。最後の直線はその勢いのまま加速し、自分より内側にいる馬たちを全馬まとめて飲み込むような形でアッという間に勝負をつけた。馬群をさばいてゴール前で伸びてきたスルーセブンシーズとの着差はクビ差ながら、見た目では測れないほどの完勝と言ってもいいのではないだろうか。ルメール騎手が勝利の場面を次のように語った。

秋は府中2400mジャパンカップでオールスター戦を期待

秋はジャパンカップを中心としたローテーション、府中2400m芝でのオールスター戦を期待したい 【Photo by Shuhei Okada】

 “世界ランキング1位”という触れ込みから、前走のドバイシーマクラシックのような追うところなく大楽勝という競馬を期待していたファンもいたかもしれない。しかし、この宝塚記念でイクイノックスが見せた走りは、また違った意味で世界最強の力を誇示するものだった。型にはまらず、どんな条件、どんな競馬場でも驚愕のパフォーマンスを発揮する。そして、完成は古馬になってからと言われてきた馬だけに、今まさに理想的な上昇曲線で描いている完成図を我々はこの目で見ているのだろう。

 次の目標となる秋のレースは、すでに報道されている通り、ジャパンカップを軸としたローテーションが組み立てられるとのことだ。となると、2度目の海外遠征はいったんお預けとなりそうだが、だからと言って秋シーズンもこのままイクイノックスの1強かと言えば、必ずしもそうではないことを日本の競馬ファンは知っている。

 同世代のライバル・ドウデュース、3歳二冠牝馬リバティアイランドをはじめ、タイトルホルダー、スターズオンアース、タスティエーラ、ソールオリエンスなど、再戦・初対戦を見たい馬たちが山ほどいる。もし、これらの馬たちが秋の府中2400m芝に一堂に会したならば……もう、それは凱旋門賞どころの話ではなくなるのではないか。“世界のイクイノックス”が堂々の主役を務め、そして全世代のオールスターたちを迎え撃つ秋――2023年下半期の日本競馬はきっと、世界中のどこよりも熱くなる。