競馬あれこれ 第60号

有馬記念】イクイノックスが圧勝!クリスマスの中山に現れた、新時代のHERO

第67回有馬記念回顧

今思うと、2022年の日本競馬界はHEROを探し続けた1年だったのかもしれない。

 GI勝利数の新記録を打ち立てた女王アーモンドアイが2年前にターフを去り、ディープインパクトとの父子による無敗の三冠制覇を果たしたコントレイルも昨年限りで現役を引退。そんな中で迎えた2022年は新しいHEROを探す年だったように思う。

 だからだろうか、今年のGI戦線で1番人気馬が勝ちあぐねたのは。アーモンドアイやコントレイルのような競馬界を担う、揺るぎない絶対的な王者が求めていたからこそ、それに見合う馬の誕生を待っていたのだと思う。

 そんな新しいHEROを見つける1年の集大成となったのが、この有馬記念だった。

 今年の古馬中距離の芝GⅠを制した馬たちが一堂に会したのをはじめ、GI馬が出走16頭中7頭もエントリーしたという近年稀に見るほどの超豪華メンバーが揃ったのは、誰もが次の時代を担うHEROになるという強い思いを持っていたからだろう。

 快晴の中で迎えた有馬記念パドック。悠然と歩く16頭の中でもひときわ輝いて見えたのがイクイノックスだった。

 春は素質の高さを感じさせながら、どこかひ弱さが付いて回っていたが、ひと夏を越え、天皇賞(秋)でGIタイトルを手にして迎えた有馬記念パドックで見せた彼の姿は馬体重の上では同じ492キロだったが、春までとは全くの別馬。

パドックを闊歩する漆黒の馬体の姿はまるでチーターやライオンのようなネコ科の肉食獣のよう。その柔らかい動きに思わず見とれるほどだった。

 一方、逞しい筋肉をまとっていたのは歴戦の古馬たち。中でもファン投票1位でこのレースを迎えたタイトルホルダーは476キロという馬体重に大きく見せ、まるで重戦車のような力強さを感じさせた。今年の天皇賞(春)宝塚記念を完勝し、凱旋門賞に挑んだ王者としての誇りがその姿からにじみ出ていた。

 現役最強の座を賭けたレースは3番人気馬、ジェラルディーナが出遅れるという波乱があったが、タイトルホルダーは抜群のスタートを決めて敢然と先頭に。

 7枠13番という不利な枠番をものともしない逃げは他の馬たちに「俺についてこられるのか?」と言っているようにも見えた。

 1周目のホームストレッチ。タイトルホルダーが後続に3馬身前後のリードを付けて逃げているころ、イクイノックスは中団やや後方にいた。

 小回りコースで直線が短い中山競馬場のコースレイアウトを考えると少々後ろすぎるようにも見える位置取りになったが、その走りには焦りは全くない。

 むしろ逃げるタイトルホルダー、そしてすぐ前を走る前年のこのレースの覇者エフフォーリアを見ながら、どこで動こうかと策を練っていたのだろう。

 1000mの通過タイム1分1秒2という流れで逃げるタイトルホルダーの脚色は衰える様子はなく、むしろ追いかけていた他の先行馬たちが苦しくなってきたように見えた。

 無尽蔵のスタミナを誇るタイトルホルダーとしてはおあつらえ向きな流れになったように見えたが、3コーナーを過ぎたところで後ろにいた馬たちが一気に迫ってきた。

 その中心にいたのが、イクイノックスだった。天皇賞(秋)の時と比べると少し早めにスパートを打ったようにも感じたが、その姿には前を行くタイトルホルダーに挑むんだという強い決意を見た気がする。

 4コーナーを回って迎えた直線、内ラチ沿いを懸命に逃げるタイトルホルダー、それを追いかけるエフフォーリアに対し、外から動いたイクイノックスはノーステッキで先頭に立っていった。

イクイノックスの直線での仕掛け、先頭に立ったタイミングは皐月賞とほぼ同じ。あの時は外から迫ってきたジオグリフに最後屈して2着に敗れた。そして今回も外からボルドグフーシュが迫っている。

 早めに動いたことが災いし、また差されてしまうのでは……そんなシーンが頭をよぎったが、今のイクイノックスにはそうしたひ弱さは皆無。王者タイトルホルダーと前年の覇者エフフォーリアに並ぶ間も与えずに先頭に立った姿は新時代の到来を予感させるものだった。

 そして迎えたゴールまでの残り200mの直線はイクイノックスの独壇場となった。外からボルドグフーシュ、ジェラルディーナが懸命に追いかけるも、栄光への道をひた走るイクイノックスとの差は詰まるどころか、逆に離されていく一方だった。

 最終的にイクイノックスは後続を一切寄せ付けることなく先頭でゴール。2022年の競馬界を締めくくる勝利を挙げ、新時代のHEROの座を襲名した。

 クリスマスの中山競馬場に集まった大勢のファンも割れんばかりの拍手で新たなHEROの誕生を迎え入れた。その時のスタンドには馬券のアタリハズレは関係なしにどこか幸せな空気に包まれていたように思う。

道中は引っかかったけれど、大外に出してからはすごい脚を使ってくれた。最後は一番強い馬でした」と、鞍上のクリストフ・ルメールはインタビューでイクイノックスの健闘ぶりをたたえた。

 キャリア6戦目にして有馬記念を制したが、このコメントからもわかるようにまだまだ未完成。それだけに完成した時にはどんな走りを見せてくれるのかという思いが膨らむ。

 間もなくやって来る2023年、日本競馬界に現れた新たなHERO・イクイノックスが新時代の競馬を見せてくれるはずだ。