競馬あれこれ 第167号

フェブラリーS】153万馬券を呼ぶ激走、殊勲の藤岡佑が明かす11番人気ペプチドナイルの勝因

 
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2024年最初のJRA・GI、フェブラリーステークスは11番人気の伏兵ペプチドナイルが優勝 【Photo by Kazuhiro Kuramoto】

 2024年最初のJRA・GI、第41回フェブラリーステークスが2月18日(日)に東京競馬場1600mダートで行われ、藤岡佑介騎手騎乗の11番人気ペプチドナイル(牡6=栗東・武英厩舎、父キングカメハメハ)が優勝。好位4番手の外から最後の直線で堂々突き抜け、GI初挑戦で初タイトルを手にした。良馬場の勝ちタイムは1分35秒7。

 ペプチドナイルは今回の勝利でJRA通算20戦8勝、重賞は初勝利。藤岡佑騎手はフェブラリーS初勝利で、GIは2018年NHKマイルカップ(ケイアイノーテック)以来の通算2勝目。同馬を管理する武英智調教師は開業7年目にして嬉しいJRA・GI初勝利となった。

 なお、1馬身1/4差の2着には長岡禎仁騎手騎乗の5番人気ガイアフォース(牡5=栗東・杉山晴厩舎)、さらにクビ差の3着には武豊騎手騎乗の13番人気セキフウ(牡5=栗東・武幸厩舎)が入り、3連単は153万500円の特大配当となった。

陣営自信のGI初参戦「本格化してきた今ならチャンス」

「本格化した今なら……」武英調教師(左から4人目)も確かな自信を持ってのフェブラリーステークス参戦だった 【Photo by Kazuhiro Kuramoto】

 24年JRA・GIシリーズの開幕戦をひと言で言うなら、とにかく多彩。ウシュバテソーロ、レモンポップらチャンピオン級の馬が揃って不在の中、重賞未勝利でキャリア5戦3勝の4歳馬オメガギネスが押し出されるように1番人気になったことからも分かるように、何が勝っても不思議ではないメンバーと組み合わせだった。

 とは言いながらも、ペプチドナイルの完勝には驚かされた。好位追走から直線半ばで早くも先頭に立ち、後続を寄せ付けることなく1馬身1/4差の完封。11番人気でGI初挑戦の穴馬の勝ち方ではない、まさに横綱級の競馬だった。

「ペースも厳しかったですし、馬にとってはタフで苦しい競馬になったと思うのですが、本当に馬がよく頑張ってくれました」

表彰式後の共同会見で、藤岡佑騎手は開口一番に愛馬の奮闘を讃えた。重賞はこれまで3度挑戦し、昨年11月のGIIIみやこステークス4着が最高成績。また、これまで中距離を使われてきた同馬は1600mという距離も初めて。2ケタ人気が示すように実績だけで見ればなかなか有力馬には推しづらい馬だろう。しかし、武英調教師が「なぜこんなに人気がないのかなと思っていました」と振り返ったように、陣営には確かな自信を持ってのフェブラリーステークス参戦だったのだ。

 その一番の根拠としていたのは肉体面、精神面での成長。「年末から使い詰めで来ていましたが体調はずっと良くて、メンタルも強くなったことでいよいよ本格化してきたという印象。今ならワンターンの東京マイルでもチャンスがあると思っていました」とトレーナー。それは藤岡佑騎手も同じ思いだった。

ポイントは枠順の並びと1列下げたポジション

枠順の並びを生かした先行策、そして自身のリズムとペースを守ったことが最後の伸び脚につながった 【Photo by Kazuhiro Kuramoto】

 もう一つ、ジョッキーと陣営が思いを一つにした大きなプラス材料がある。それは枠順の並び。ちょうど真ん中の5枠9番自体も良かったし、他馬がそれぞれ入った枠番から想像できる展開になればペプチドナイルの力を存分に発揮できる競馬になる――そう確信した藤岡佑騎手は枠番発表後すぐに武英調教師に電話でそう伝えると、トレーナーから返ってきた答えも同じものだった。

「この馬は取りたいポジションが決まっていて、無理に出したり引いたりしたくないタイプ。とにかくスムーズにそのポジションを取れるかがポイントで、最初のコーナーまでが大事な馬なんです。その意味では前走(東海ステークス6着)は枠順が出た時から最悪だと思ったのですが、今回は枠順が出た瞬間にパッとレースのイメージがわきましたし、すごく良い並びに思えたんです。それを先生に伝えたら同じ意見でしたね」

 8枠15番からフェブラリーS史上最高馬体重を更新した592kgの快速巨漢ドンフランキーが勢いよく飛び出すと、それを見る形でペプチドナイルも先行。理想とする形はこのまま2番手に収まる位置取りだったが、それを許さなかったのが松山弘平騎手の2番人気ウィルソンテソーロ。外から厳しくインを締められ、2番手確保が難しくなった。藤岡佑騎手が勝敗を分けた前半戦を振り返る。

「本当は2番手を取り切りたかったのですが、ペースも流れていてウィルソンテソーロも開いてくれてなかったので、2番手に押し込むには厳しいなと思って1列下げました。そこをスムーズに下げられたのが一番の勝因かなとも思いますね」

想定以上の手応えで早め先頭「直線は長かった」

6歳の初GI挑戦にしてつかんだビッグタイトル、今後はウシュバテソーロ、レモンポップらと対決が楽しみになる 【Photo by Kazuhiro Kuramoto】

 前半600mは33秒9というハイラップ。ゴール手前で先行勢がバタバタとつぶれていったことを思えば、もしウィルソンテソーロに付き合ってポジション争いをしていたらペプチドナイルも最後まで脚は残っていなかっただろう。ジョッキーが振り返ったように、理想の位置取りとはいかずともそこにこだわらず、リズムとペースを優先して冷静に一歩引いたことが結果的にウイニングロードを開くことになった。レースを見守った武英調教師も、この攻防をスムーズに収められたことで「ヨシッ!」と勝ち負けへの手応えをつかんだという。

 そして迎えた最後の直線。ここまではほぼ思い描いていた通りに運べていた藤岡佑騎手だったが、想定以上だったのは直線での愛馬の手応え。

「脚質的に後ろを気にしても仕方ないタイプ。あとは自分の馬がどれだけ手応え良く直線に向いてくれるかでした。でも、想定以上に手応えが良かったですね。先頭に立つのも早かったのですが、慌てて追い出したわけではないですし、ゴールまでに脚をなくさないように丁寧にじっくりと追いました。余裕はあったんですけど、ゴールまで長かったです(笑)」

オーナー、藤岡佑と武英調教師のつながり

武英調教師にとって「かわいい後輩」という藤岡佑騎手、厩舎の初勝利も同じタッグだった 【Photo by Kazuhiro Kuramoto】

 メイケイエールでの活躍が印象深い武英調教師にとって、これが延べ16頭目での挑戦でのGI初戴冠。「オーナーは自分のジョッキー時代の一番しんどかった時にお世話になった方。とにかくこのオーナーと一緒に大きなところを取りたいと思っていました」。調教師のみならず、オーナーの沼川一彦氏にとってもこれが初の重賞タイトル。チームとして忘れられない大きな1勝となっただろう。

 加えて、「かわいい後輩」という藤岡佑騎手とのタッグでビッグレースを制したことも喜びを増幅させた。

「ジョッキー時代からずっと仲良くやってきました。実は厩舎の初勝利も佑介なんです。特別戦での初勝利だったのですが、何か縁を感じますね。今回の勝利で佑介はさらに生意気になるんだろうなって(笑)」

 人の縁、つながりも強く感じさせた今回のペプチドナイルの劇的勝利。前述したようにチャンピオン級の馬が不在だったことから、「砂の新王者誕生」とはまだ大々的に言うことはできないかもしれないが、遅咲きのスター候補が現れたことは間違いないだろう。武英調教師は今後について「獲得賞金的に心配することがなくなったので、馬の状態に合わせたローテを組んでいきたい」と話しており、距離は今回のようなワンターンのマイルから2000mの中距離まで視野に入れている。藤岡佑騎手も好走のポイントは「自分のペースを守ること」であり、適性距離については「レンジが広い」と太鼓判を押していことから、今後はオールマイティの活躍を期待して良さそうだ。

 そして、海外遠征が活発になり、3歳新三冠レースも創設されて新たな時代を迎えつつあるダート競馬。ペプチドナイルとサウジ遠征組との対決は夏から秋以降にはなると思うが、層がさらに厚くなる新星の登場でダート戦線はさらに面白くなった。