競馬あれこれ 第62号

【2022年レース回顧】岩田康誠騎手とダイアトニック…執念としか言いようがない劇的な有終V

 

阪神C・G2(12月24日、阪神・芝1400メートル、18頭立て=良)

 熱く、温かな空気に包み込まれていた。レース後の検量室前。ダイアトニック(牡7歳、栗東安田隆行厩舎、父ロードカナロア)の帰りを待ち構える安田隆調教師は「すごい…。本当にスペシャリストですよ」と言葉を絞り出した。これがラストラン。両腕を突き上げて引き揚げてきた岩田康が「差し返しじゃい!」と笑みを浮かべると、多くの人が次々と祝福へ駆けつけた。レース直前まで震えていた寒さもすっかり忘れるほど、あまりに劇的な有終Vだった。

 執念としか言いようがない。出遅れで本来よりは後ろの位置になると、直線では外から一気に加速したグレナディアガーズに一度は飲まれ、半馬身ほど前に出られた。しかし、岩田康は言う。「僕もそうですし、ダイアトニック自身も負けたくないという気持ちで差し返してくれました。最後の50メートルで感情をグッと出してくれた。それがすごかった」。ゴールへ向かい、再び加速がついた驚異の伸び脚。勝利への渇望だけが全身を突き動かしていた。

 逆境からはい上がった。ダイアトニックは一昨年の函館スプリントSを制した後、骨折なども重なり、昨夏まで3戦連続で2ケタ着順。不振を極めたが、7歳になった今年は重賞3勝と鮮やかな復活を果たした。「恐れ入りました。カナロアの成長力ですかね。本当に競馬は奥深さや計算できないということを教えてもらった気がします」

 安田隆調教師の穏やかな視線の先には自らが手がけた父ロードカナロアの主戦も託していた岩田康が映っていた。「僕をよみがえらせてくれた馬です」。18年から昨年までJRA重賞は2、3、3、2勝。不本意な成績が続いていた。

 しかし、今年はこのコンビでの3勝を含む8勝を挙げた。その要因を自分なりに考えた時、ふと頭に思い浮かんだのが「(全体的な)勝ち鞍は減っているけど、以前より勝つことの重みを感じている」という言葉。栗東では火曜から金曜まで、ほぼ毎日調教に参加。春先にはダイアトニックも追い切りだけではなく、キャンターから騎乗していた。一頭一頭と触れ合う時間を増やし、綿密なコンタクトで意思の疎通を図ることが、大一番での勝負強さへとつながっている。

 ダイアトニックは今後、豪州で種牡馬生活を始める。「ちょうどいい潮時。素晴らしい第2のスタートになったと思います。子供は日本にも来ると思うし、見てみたいですね」とトレーナー。G2だったとはいえ、この激走を今後も忘れることはないだろう。