競馬あれこれ 第18号

“クセ強”だった名馬たちの「気性」にまつわる逸話 臆病で大逃げ、伝説のやらかしも

競走馬の資質として重要な要素のひとつが「気性」。G1を勝つような名馬たちにも手が付けられないクセ馬や逆に憶病すぎる馬など、気性にまつわる様々なエピソードが残されている。

有名なのは、1997年のフェブラリーステークスを制すなどダートで活躍したシンコウウインディ。4歳(旧馬齢表記)だった96年8月の館山特別でレース中に並んでいた他馬に噛みつきにいって失速して2着に敗れると、同年11月のスーパーダートダービーでも逃げていたサンライフテイオーに噛みつきに行ったロスが響いて同馬の逃げ切りを許した。

 その後は悪癖を見せることなくフェブラリーSを勝ったわけだがファンに与えたインパクトは強烈で、人気ゲーム『ウマ娘』でも噛みつき癖のあるキャラとして登場している。

 ちなみにレース中の噛みつき行為は洋の東西を問わずしばしば発生しており、21年の米G1フォアゴーステークスでは、最後の直線でヤウポンと激しく叩き合ったフィレンツェファイアが噛みつきに行って2着に惜敗した。ちなみにこのフィレンツェファイア、今年から日本のアロースタッド種牡馬入りしている。

 一般的に気性は遺伝しがちなもので、日本競馬史上に残る名種牡馬となったサンデーサイレンスも、その父ヘイロー(噛みつき防止のため普段から口に保護器具を付けられていた)から受け継いだ難しい気性を子供たちにもしっかり伝えている。

 中でも際立っていたのがステイゴールド。この馬の場合は母父ディクタスも気性難の種牡馬として名を馳せており、母のゴールデンサッシュはもちろん、マイル路線で大活躍したおじのサッカーボーイも気性の荒さは有名だった。

 そんな気性難の結晶のようなステイゴールドも希代のクセ馬で、デビュー前のブレーキング(馴致、人を乗せるための訓練)には相当苦労したという逸話が残っている。デビュー後も3戦目でコーナーを曲がろうとせず、あげく鞍上を振り落として競走中止・調教再審査となった。その後もレースへの集中ができないためかしばしば斜行し、G1で2着や3着を繰り返す。それでも引退レースとなった香港ヴァーズでは、武豊騎手が斜行を封じる好騎乗で国際G1制覇という偉業を達成した。

そのステイゴールドが送り出した代表産駒の三冠馬オルフェーヴル、G1レース6勝のゴールドシップも一筋縄ではいかない名馬だった。

 オルフェーヴルはデビュー戦で勝利後に鞍上を振り落として放馬。クラシック三冠に有馬記念を制して名馬としての地位を確立後も、2012年の初戦だった阪神大賞典で折り合いを欠き、2周目の第3コーナーで外ラチまでまっすぐ突き進むまさかの展開に。鞍上の池添謙一騎手がなんとか手綱を引いて激突は避けたが、急ブレーキで一気に後方までポジションを下げてしまう。

 しかしオルフェーヴルはここからレースに復帰すると、大外から豪快な末脚を発揮。最後は内をロスなく進んだギュスターヴクライを半馬身だけとらえられなかったが、その破天荒ぶりと驚異的な能力をあらためて示すこととなった。

 その秋に欧州遠征して参戦した凱旋門賞でも、最後の直線で先頭に立って日本の悲願達成かとファンが喜んだのもつかの間、急激に内ラチに向かって斜行。失速したところを伏兵ソレミアに差されてしまった。

 一方のゴールドシップも調教時に乗り役を落としたり、急に後肢で立ち上がったり、厩務員に噛みついたりと日常的に奇行が目立っていたという。レースでもゲート入りを嫌がるなど気難しい面を見せていたそんなゴールドシップが、ついにやらかしたのが2015年の宝塚記念だった。

 JRA史上初の平地G1レース3連覇の偉業へ向け、単勝1.9倍の圧倒的な1番人気に推されていたゴールドシップ。この日は割と素直にゲートに収まったのだが、ゲートが開いた瞬間にガバッと立ち上がってしまったのだ。その後、体勢を立て直したが時すでに遅しで、ブービーの15着に大敗。スタートの一瞬で馬券全体の6割超に当たる約121億円が紙くずと化したこの大事件は今なおゴールドシップという破天荒キャラを語るうえで欠かせないエピソードで、『ウマ娘』でも魔訶不思議な言動でユーザーを困惑させる愛されキャラとしてその地位を確立している。

 逆に憶病な性格ながら大成した名馬も数多くいる。1970年代半ばに「狂気の逃げ馬」と称され、75年の皐月賞とダービーの二冠を制したカブラヤオーは、実は他馬が近くにいるのすら嫌がる臆病な性格だった。その事実を隠すための苦肉の策が、競りかけられることすらさせない大逃げ戦法だったのだ。

 逃げ馬にはこうした気性面の問題から逃げざるを得なかった馬は多く、大逃げを連発した人気者ツインターボなどもそうだったという。『ウマ娘』でも普段は自信満々ながらところどころで弱気なところを見せるキャラとなっている。

 白いシャドーロールがトレードマークの三冠馬ナリタブライアンも、デビュー前は調教中に水たまりに驚いて鞍上を振り落とすほど臆病だった。あのシャドーロールもレース中に自分の影を怖がって集中できない問題を、下方への視野を遮ることで解決するためのもの。これが奏功し、ナリタブライアンは安定した走りで三冠馬へと登り詰めた。

 激しい気性で一筋縄ではいかない馬も、臆病で手のかかる馬も人間のサポートしだいで大成できる可能性を秘めているのが競馬。それぞれの持つ個性も込みで「推し馬」を見つけるのも競馬の楽しみ方なのかもしれない。

 

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