競馬あれこれ 第9号

150万円で買った馬が10億円超の稼ぎ 非エリートの評価を覆した「格安G1馬たち」

 競馬の面白くも難しい点のひとつに、高額で取引された良血馬が必ず活躍するわけではなく、安価な非エリート馬が大成するケースが珍しくないことがある。今回は安く競り落とされたところから這い上がって名を成した馬たちを取り上げてみようと思う。

なお本稿ではセールを通さず庭先取引で売買されたため明確な売買価格が不明な馬(有名な格安馬ではキタサンブラックなど)や、競りで主取り(取引が成立せず売り主が引き取ること)となった馬は対象外とし、物価変動なども踏まえてなるべく最近の馬に絞ることとした。

 セール出身の格安G1馬というお題で、競馬に詳しいファンがまず思い浮かべる馬はテイエムプリキュアだろう。同馬は当歳時の2003年に日高軽種馬農業協同組合主催のオータムセールに上場されると、テイエムの冠名で知られる竹園正繼氏にたった262万円で落札された。

 テイエムプリキュアの血統を見ると、父パラダイスクリークカネツフルーヴ帝王賞)などを出していたが種牡馬としては地味で、ステートリードン産駒の母は芝の条件戦を2勝したのみ。近親もおじにダートで活躍したエムアイブランがいる程度と、特にセールスポイントがあるわけではなかった。

 しかしテイエムプリキュアはデビュー戦でドリームパスポート(後にダービー3着など)らを下して勝利すると、暮れのG1阪神ジュベナイルフィリーズまで3連勝で最優秀2歳牝馬に選出される快進撃。その後は長い低迷期間を過ごしたが、6歳となった09年1月にG2日経新春杯を11番人気で逃げ切った。

 そしてその年の11月、競馬史に残る大番狂わせとなったG1エリザベス女王杯で、逃げたクィーンスプマンテに続く2番手で先行して後続を大きく引き離し、最後に猛追してきた大本命ブエナビスタを抑え切って2着に粘り込み。11番人気・12番人気・1番人気の決着で、3連単154万5760円の片棒を担いだ。最終的に通算37戦4勝、獲得賞金は2億474万円に達している。

ところで、馬の競りとひと口に言っても種類がいくつかある。それをざっくりと大別すると、当歳や1歳のうちに血統や馬体を基準にして取引されるもの(JRHAセレクトセールなど)と、デビュー前の2歳馬を実際に走らせて調教タイムを判断基準とするもの(HBAトレーニングセールなど)になる。

 傾向として良血の評判馬は1歳までに高額で売買され、血統などにセールスポイントが少ない馬は売れ残って2歳のトレーニングセールで最後のアピールをするケースが多い。このギャップを利用し、安く仕入れた1歳馬を調教で仕上げて2歳時に高く売るピンフッカーと呼ばれる者も特に海外では多い。時には1頭で1億円以上の利ざやを得ることもある立派な商売として成り立っているのだ。

 前置きが長くなったが、後にJRA年度代表馬まで上り詰めたモーリスも、そうして取引された馬だった。

 祖父にグラスワンダー、父にスクリーンヒーローを持ち、母系は祖母メジロモントレーこそ重賞4勝の活躍馬だが母メジロフランシスは未勝利馬で、近親に活躍馬も見当たらないモーリスは、1歳時のサマーセールでわずか150万円で大作ステーブルが落札。1年間の調教を経て、2歳時のトレーニングセールでは公開調教で最速タイムを出したことが評価されてノーザンファームに1050万円で落札された。

 2013年の新馬戦をデビュー勝ち後、3歳時は伸び悩んだモーリスだが、4歳となった2015年からは本領発揮。4連勝で6月の安田記念を制すと、11月のマイルチャンピオンシップ、12月の香港マイルをも連勝してJRA年度代表馬に輝いた。翌16年も春に香港のチャンピオンズマイルを勝ち、中距離路線に挑戦した秋には天皇賞(秋)香港カップも制してみせた。

 最終的には18戦11勝(G1は6勝)、獲得賞金はJRAだけで5億3624万円にのぼり、香港で稼いだ3534万香港ドル(当時のレートで約5億5000万円)を含めると、最初に150万円で取引された安馬が10億円以上を稼ぎ出したことになる。

 次は1歳時にわずか1000ドルで取引された馬がたどった数奇な運命を紹介しよう。その馬の名はメディーナスピリット。2018年に生まれた米国産馬で、父はジャイアンツコーズウェイ産駒だがG1未勝利のプロトニコ、母系にも特筆すべき活躍馬がいなかったメディーナスピリットは1歳時のウィンターセールで1000ドルで落札された。

 その後はピンフッカーの下で育成され、2歳時のセールでは3万5000ドルで転売。名門ボブ・バファート厩舎に入厩する。するとクラシック前哨戦のG1サンタアニタダービー2着など安定した走りを繰り返し、21年5月のケンタッキーダービーでは見事に1位で入線してみせた。

 ところがレース後の薬物検査で陽性反応が検出。ダービーの着順が確定しないまま出走を続けたメディーナスピリットは秋にG1オーサムアゲインステークス1着、G1ブリーダーズカップクラシック2着と好走していたが、12月に心臓発作で急死してしまう。しかも翌22年2月にはケンタッキーダービーの失格が確定。クラシックホースの栄誉を失い、汚名を競馬史に残すことになってしまった。

 悲しい結末となったメディーナスピリットとは対照的に、アメリカンドリームを体現したのが今年のケンタッキーダービー馬リッチストライクだ。日本の競馬ではなじみがないが、アメリカでは出走馬に売買価格を設定して取引するクレーミングレースと呼ばれるシステムがある。

 クレーミングレースに出るということは基本的には元の馬主から見切りをつけられたことを意味し、デビュー戦で大差の最下位だったリッチストライクも2戦目で早くもこのクレーミングレースに出された。そのレースを17馬1/4差で圧勝したものの、取引価格はたった3万ドル。以降も条件戦で4連敗し、今年4月に重賞初挑戦したG3ジェフルビーステークス(オールウェザー9ハロン)も3着まで。5月のケンタッキーダービーも直前で他馬が取り消したため最後の20番目の枠に繰り上がっての出走で、現地での単勝オッズも81.80倍の最低人気というまったくのノーマークだった。

ところがリッチストライクは鞍上のS.レオン騎手の好騎乗もあって見事な追い込みを決め、ケンタッキーダービーを制してみせた。このレースには日本からクラウンプライドが参戦していたので、馬券を買って観戦していた日本のファンの多くが度肝を抜かれたことは想像に難くない。

 その後、G1ベルモントステークスは6着でクラシック二冠はならなかったリッチストライクだが、通算9戦2勝の現時点で総賞金はすでに201万6289ドル。しかもケンタッキーダービー制覇という何物にも代えがたい栄誉をたった3万ドルで落札した馬主たちにもたらした孝行息子となった。

 ここで取り上げた馬以外にも高額とは言えない価格で競り落とされた後に大活躍した馬は意外に多く、テイエムオペラオーヒシミラクルジャスタウェイナカヤマフェスタスーパークリークなどがいる。生まれたときから光り輝く良血馬が期待に応えて大成するのもいいが、逆境を乗り越えて花開く馬たちもまた競馬の醍醐味を教えてくれる欠かせない存在だ。

 

 

自己啓発にお勧めです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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