競馬あれこれ 第3号

競馬に絶対はない! 単勝1倍台の馬が敗れた3つの重賞レースを振り返る

何が起こるか分からない。それが競馬

競馬をしていると「鉄板」という言葉をよく耳にするのではないだろうか。しかし、競馬に絶対はない。何度も何度も経験している。今回はそんな「鉄板」が覆された3つの重賞レースに注目し、振り返っていく。

単勝1.1倍! タイキシャトルのラストラン
1998年 第32回 スプリンタースステークス
1着 マイネルラヴ吉田豊)7番人気 37.6倍
2着 シーキングザパール武豊)2番人気 10.5倍
3着 タイキシャトル岡部幸雄)1番人気 1.1倍
4着 ワシントンカラー柴田善臣)3番人気 13.5倍
5着 セレクトグリーン(後藤浩輝)14番人気 155.8倍

「負けるわけがない」。誰もがそう信じて疑わなかった1998年暮れのスプリンターズS単勝1.1倍の人気に支持されたのはタイキシャトルだった。それまで12戦11勝。前年にはマイルチャンピオンシップスプリンターズSを連勝し、年が明けてからは安田記念を快勝した。

夏は海外遠征し、仏国ジャック・ル・マロワ賞ではシーキングザパールのモーリス・ド・ゲストに続く、2週連続の日本調教馬の海外GⅠ制覇でファンを興奮させた。帰国後はマイルチャンピオンシップに出走。直線で岡部騎手が後続を振り返ってから仕掛ける程の余裕を見せ、エンジンがかかるとあっという間に2着ビッグサンデーを5馬身突き放した。

この頃のタイキシャトルは負ける姿が一切想像できなかった。それでも競馬は何が起こるか分からない。1998年12月20日。冬の中山らしい空っ風が吹くなかゲートが開く。スタートすると、いつもに比べ若干動きが硬い様にも見えたが、すぐに普段の走りに戻った。

4コーナーを回るときに1歳下のマイネルラヴが襲い掛かってくる。そしてタイキシャトルも馬体をあわせる。直線を向くと、いつもと違い引き離せない。むしろマイネルラヴが徐々に引き離す勢いではないか。外からはシーキングザパールが飛んできている。ラスト100mで一瞬抵抗するも、勝負は決していた。

ゴール板近くでは馬券の紙吹雪が舞っていた。このときほど「競馬に絶対はない」と痛感した事はなく、それからは圧倒的1番人気の馬がいるレースでも「あのタイキシャトルですら負けるのだから勝負事に鉄板はない」と思い出している。

単勝1.0倍! ナリタブライアンがまさかの敗北
プラス10施策により、中央競馬ではまず見ることがなくなった、単勝元返しになる1.0倍のオッズ。1986年以降の重賞では4例ある(サラブレッド競走に限る)。

2005年 菊花賞 ディープインパクト武豊)1着
1995年 阪神大賞典 ナリタブライアン(南井克己)1着
1995年 きさらぎ賞 スキーキャプテン武豊)1着
1994年 京都新聞杯 ナリタブライアン(南井克己)2着

なんと1度だけ負けた例がある。それが1994年京都新聞杯ナリタブライアンだ。

1994年 第42回 京都新聞杯
1着 スターマン(藤田伸二)3番人気 15.5倍
2着 ナリタブライアン(南井克己)1番人気 1.0倍
3着 エアダブリン岡部幸雄)2番人気 11.3倍
4着 マルカオーカン(河内洋)5番人気 49.5倍
5着 メルシーステージ河北通)4番人気 15.6倍

1994年、私はまだ未成年。一人のファンとして競馬を楽しんでいた。親族や周りに地方競馬の馬主がいる環境で育った私にとって競馬はギャンブルだけでなく身近なものであった。オグリキャップ有馬記念をテレビの前で応援し、トウケイニセイの走りに胸を熱くした。

そんな子供時代を過ごした私にとって、ナリタブライアンもヒーローの一頭だった。共同通信杯を快勝し、スプリングSではド派手なレースを披露し圧勝。皐月賞ではコースレコードを更新し、日本ダービーでは壁さえなければ負けるわけがないと言わんばかりの大外一気。黒鹿毛の馬体はただただ、格好良いヒーローに見えていた。

夏を北海道で過ごし、迎えた秋初戦の京都新聞杯。ファンは単勝1.0倍でブライアンを迎えた。相手筆頭のエアダブリンは、日本ダービーで2着ながら5馬身離され、秋初戦のセントライト記念では3着と敗れていた。

ほかには、条件戦から3連勝で神戸新聞杯を制していたスターマンや、4連勝で毎日杯を制すも皐月賞13着、日本ダービー17着だったメルシーステージ。後に1995年の日経新春杯を勝つゴーゴーゼットや、同じく1995年の関屋記念勝ち馬フェスティブキングもいるがこの段階では力不足という成績。怖いのはエアダブリンとスターマンといったところだろうか。

レースが始まるといつものように中団につけ、徐々に先団にプレッシャーを与えながら進出する。しかし、この日は直線に入っても弾けない。ジリジリと伸びてはいたが、日本ダービーのような唸る伸び脚は見られない。

気付くと内からは藤田伸二騎手騎乗のスターマンが伸びてくる。れんげ賞でレコードに0.1秒差の快勝。前走で神戸新聞杯を制している夏の上がり馬が大仕事をやってのけた。

しかし、ファンも実況も皆言葉を失っている。それほどまでにこの金星は衝撃的だったのだ。単勝1.0倍の馬がメインレースで負けたときの雰囲気をもう感じることは出来ないだろう。そんな、京都新聞杯だった。

ゲート内で大暴れ! 三連覇に挑んだゴールドシップ
2015年 第56回 宝塚記念
1着 ラブリーデイ川田将雅)6番人気 14.2倍
2着 デニムアンドルビー浜中俊)10番人気 31.3倍
3着 ショウナンパンドラ池添謙一)11番人気 99.2倍
4着 トーホウジャッカル酒井学)7番人気 17.7倍
5着 ヌーヴォレコルト岩田康誠)3番人気 9.1倍
15着 ゴールドシップ横山典弘)1番人気 1.9倍

最後は宝塚記念から。始めに伝えたいのが1986年以降、宝塚記念では単勝1倍台の馬がよく負けるということだ。【5-5-1-3】で勝率35.7%。実に14頭中9頭も負けている。該当馬は海外遠征プランがあったオグリキャップ(1990年2着)、凱旋門賞挑戦計画のあったキタサンブラック(2017年9着)、そしてあの大出遅れのあったゴールドシップ(2015年15着)などがあげられる。

ラブリーデイが勝った宝塚記念」よりも「ゴールドシップが出遅れた宝塚記念」として有名になってしまったレース。勝ち馬ラブリーデイはその年の中山金杯京都記念、そして前走の鳴尾記念と重賞を3勝。そんな実績のある馬ですら6番人気に甘んじるほどの面白いメンバーが揃っていた。

レースは同一GⅠ・3連覇に挑むゴールドシップがゲート内で立ち上がり大きく出遅れ。全国の競馬ファンの悲鳴からレースが始まった。序盤は離された最後方を追走。3コーナーまでに何とか挽回し、馬群にとりつくまでが精一杯だった。

負けに負けた15着。これだけ負けても「しょうがないよぁ、ゴールドシップだもん」と言ってくれるファンの多さが、この馬の魅力を如実に表している。